回心誌

日々是回心

読まない人たち。「義憤を装った鬱憤ばらし」問題

タイトルしか読まない人たちが実際にいるのだ。「VIPPERは三行以上読めない」のように当初はネタとしてやっていたのだと思うが、いつからかそれがベタになってしまった。

おそらく少なくない人の頭の中にある、「お花畑でアホな左翼」像はこうしてできていくのかもしれない。自分の頭の中にも、そういうイメージはある。

ただ、今や同じくらい「アホな右翼」像が積み上がってもいる。加えて、左翼にせよ右翼にせよ、この人はここがダメ、というのも意見として持ってもいる。

いずれにせよ、周りの空気に合わせて炎上に加担する人々がいることは確かで、これを私は「義憤を装った鬱憤ばらし」と呼んでいる。未成年の飲酒や喫煙に対して、やり過ぎなほどダメージを与えるのも、この一類型だ。

  

ところで、この問題は麻生のナチス発言と似ているのではないか。つまり、発言を部分的に切り取ってくれば、さも問題があるかのように書ける。

 

しかし、麻生は政治家だが森はそうではない。もちろんこの違いは大きい。公権力の監視はマスコミの重要な仕事だ。公人と私人は違う。公人のプライバシー権は制限される。

また、麻生発言は全文を読んでもやはり意味が判然としない。ただし、それは私の感じただけのことであって、麻生の文章を読んですぐに意味がわかる人もいれば、森の文章を読んでも分からない人もいるかもしれない。

そうした違いがあるにせよ、はやり発言を部分的に切り取って使うことはあまり正しいとは思えない。その意味で、ナチス発言への反応を紹介しつつ全文を掲載した朝日新聞は良心的に思える。「私はこう思う。あなたにも読んで考えて欲しい」と。