回心誌

世の中わがんね

終戦直後、読売新聞は「君が代」に否定的だった

日の丸・君が代について調べていたら、面白いことが書いてあった。
終戦直後の読売新聞はむしろ君が代に否定的なことを書いていたという。

調べてみると、確かに1948年1月25日読売新聞社説で次のように述べている。

これまで儀式に唄ったというよりむしろ唄わせられた歌というものは、国家主義的な自己賛美や、神聖化された旧思想を内容にしているため、自然な心の迸りとして唄えない。

若しわれわれが、強い感激と熱情をもった国民であるならば、この敗戦の苦々しい経験とその苦悶から全国民の腸を衝くような勇ましい、人間的な、平和な、民主的な叫びが力強く吐露され、自暴自棄名、感傷的な、憂ウツな心のとりことなろうとするわれわれの暗い心に輝かしい光明となる新国歌が作られなくてはならない。

また、「フランスの『マルセイエーズ』」について

この歌はフランス国民が絶望的な国難を感じた時、熱狂して唄ったもので、政府が歌わせたような宣伝的な、教義的な代物ではない。

として、

われわれは、この新生日本にふさわしい新しい国歌を要望している。

今の読売の社説と見比べると面白い。一体、いつどのようにして転向していったのだろう。

ちなみにCIA協力者である正力松太郎が釈放されたのが1947年9月だそうだ。具体的にいつどのような活動をしたのか、もう少し調べてみたい。一連のアメリカの画策によって日本の民主主義が歪められてしまったのではないだろうか。この君が代についての転向もその一部では?

日本の超国家主義的傾向を憂慮していたのはアメリカもそうだろうと思う。しかし、共産主義との戦争が現実的なものとして見えていた当時の状況では、アメリカは天皇制を廃止させるわけにはいかなかったのだろう。
実際、ソ連共産主義国天皇制の廃止を強く訴えていたという。

そこで、日本が二度と戦争を起さないという確約として、天皇制を廃止することなく国際社会に復帰するために憲法九条ができたのだ。提案したのは当時日本の総理大臣だった幣原喜重郎とされるが、そのような状況にあったアメリカのマッカーサーはこれに賛同した。

天皇制を廃止して九条を持たない日本というのもありえたのではないだろうか。その場合、韓国のように軍国主義的な道を辿った可能性は高いと思うし、朝鮮戦争ベトナム戦争などに派兵することになっただろう。どちらが良いかをここで言うつもりはないが。

ひとまず終戦直後についての自分の歴史認識は上記のとおりだ。以上を前提とするなら、前述のように天皇制を廃止したくなったアメリカは、CIAを通して読売の君が代論の転向に影響を与えたのかもしれない。まあ、これは完全な憶測だし、読売が部数を伸ばすために世論に合わせる形で転向したということのほうがありそうに思える。



文字起こし。漢字の分からない部分が多々あるので、分かる人は協力してください……。また、間違いがあれば指摘お願いします。

社説:国民に歌を与えよ
 歌う国民は幸福である。今の日本人に歌を唄えといっても無理かもしれないし、歌うような気分になれない現状である。だが歌の唄えないような時代にこそ一層歌の必要を感ずるのではなかろうか。歌うことによって人間は苦悩を忘れ、生きる力を感ずる。人間は悦びに感激して唄うと同時に、深い悲しみのどん底で苦悶しつつも唄う。歌の無い状態はよどんだ水に似て流動した感激の欠如を物語るものである。
 現在の日本には激しい内的苦悶もなく、また大きく生活を夢みるロマンチシズムさえも無い。この無風状態と無感激な、あきらめることに慣れされたわれわれの仏教的性格の故であろうか、それとも深い幻滅から来た虚脱状態のくすぶりが残っているためであろうか?
 偉大な国民は優れた天才と同様陶酔することをよく知っている。陶酔の無い国民は夢を持たない人間と同様、まことにみじめである。国民の唄う歌というものは、自然な感激と陶酔から生れ出る情熱の声でなくてはならない。
 日本にも多くの歌があったし現在もラジオによって新しい歌を聴く…が、国民は過去の哀調を帯(?)びた裕謡(?)や、流行歌を繰り返す意外に新しい感激の盛られた歌を知らない。これまで儀式に唄ったというよりむしろ唄わせられた歌というものは、国家主義的な自己賛美や神聖化された旧思想を内容にしているため、自然な心の迸りとして唄えない。
 新年を迎えても日本人は門松も立てず、歌も唄わなかった。本社が世論に問うた新しい祝祭日をどうきめるかという質問に際し、その応答にはまだ伝統的傾向が強く反映していたが、民主国家、文化国家としての新生日本にふさわしい線に沿った回答をして来たものが大部分を占めていたのみか、八月十五日の終戦日を記念しつつそれを新生節としたい意志を自然に要望していたことは意味深い。平和日本は平和への熱情で立ち上らなくてはならない。平和の建設は戦争の苦悶以上に深刻なそして真面目なものである。従って日本に生れなくてはならない歌はこうした新生日本の気魄を盛った真剣な希望の表現でなくてはならない。そうした希望はこんとんたる思想の迷行する今日、自然に生誕し得難いもののように考えられているが、過去の歴史を見れば必ずしもそうではない。イタリアの文芸復興は同国が経済的に政治的に最も苦しんだ時代に実現され、アデンの文化も、ゲイテを生んだドイツの文化も、モーパッサンを出した頃のフランス文化も敗戦の苦難時代に生れたものである。「敗戦は文化を栄えしむ」とは有名なハウプトマンの言葉であるが、敗戦によって萎縮し廃?化するか、逆にその敗戦を活かして立ち上がり、強い文化を築くかによって一国の民俗的価値が決定されるものである。そうした意味で、今日の日本は偉大な試練期にいるわけである。若しわれわれが、強い感激と熱情をもった国民であるならば、この敗戦の苦々しい経験とその苦悶から全国民の腸を衝くような勇ましい、人間的な、平和な、民主的な叫びが力強く吐露され、自暴自棄な、感傷的な、憂ウツな心のとりことなろうとするわれわれの暗い心に輝かしい光明となる新国家が作られなくてはならない。?い人々の心はしばしば歌によって希望を感じ陶酔するものである。フランスの『マルセイエーズ』はフランス革命の精神を根底にした?々しい熱情の迸りを表現した愛国的なものであるが、、この歌はフランス国民が絶望的な国難を感じた時、熱狂して唄ったもので、政府が歌わせたような宣伝的な、教義的な代物ではない。われわれは、この新生日本にふさわしい新しい国歌を要望している。のみか、更に卑俗な街の歌にしても、これまでのような枯すすき風の亡国的な厭世調から脱した、ほほえましい希望に燃えた、現世を楽しむ、甘やかなユーモアを含んだものであって欲しい。歌はわれわれの心の?である…歌わされるものでなく歌いたくなるものが作られなくてはならない。こうした意味で全国の教育者や芸術家が、よき指導者となって、暗い国民に明るい歌を?えるよう努力してもらいたいものである。