回心誌

世の中わがんね

アウティングの何が差別やねん!教えろや!

一橋の学生が自殺した件について。

 

https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/gay-student-sued-hitotsubashi-university
「ゲイだ」とばらされ苦悩の末の死 学生遺族が一橋大と同級生を提訴

 

私は差別の問題は結局は感情の問題というか、愛がなければ解決しないと思っているので、理屈をいくら語ったところで何がどうなるということはあまり期待していない。

期待はしてないんだけど、理屈で差別を擁護する人に対してはとりあえず理屈で潰しておくのは(私の精神衛生上)大事なことだ。

 

まずこの件のような「アウティング」は差別*1アウティングというのは、この場合ゲイであることをバラすことを意味する。

 

「告白したことをバラされたら異性間の恋愛でもショックだし、自殺することはありうる」というのは正しいと思う。でもこれは同性愛者の置かれた状況が異性愛者とは全く違うということを見逃している*2

 

異性愛者は異性愛者というだけで奇妙な視線を浴びることはないし、配慮に欠けたジョークにいちいち心を痛めることもない。異性愛が原因で気持ち悪がられたり、なんとなく距離を置かれたり、いじめられたりすることもない。異性愛は多数派で、皆そうだという安心感に守られて生活することができる。

同性愛者は同性愛者というだけで、残念ながら今の世の中ではそうしたリスクが格段にあがる。もちろん無くすべきではあるけれど。

同性愛者の自殺リスクは異性愛者より格段に高いという研究もある*3

 

だからカミング・アウトは勇気がいるし、信頼できる人にしかできない。ゲイであることを隠しておく(クローゼットというらしい)のも、残念ではあるけど合理的だし理解出来る。

そしてアウティングは、クローゼットから引っ張り出して差別の現場に無理やり立たせることを意味する。

 

というわけで、アウティングは「告白を暴露する」ことではないし、基本的に多数派である我々のような異性の恋愛については発生しようがない。

 

アウティングはなぜ差別的と言えるのか?

まさに同性愛者に対する差別的な社会状況があり、それゆえにアウティングという被害が生まれたからだ。それは「偶発的な不利益」ではない。差別があったからこそ起きた不利益だし、差別がなければ起きなかった不利益だ。

もちろん、異性愛者でも告白をばらされて自殺する人は一定数いるだろう。でもそのリスクはきっと大きく違う。いずれにしても「アウティング」それ自体の被害は差別があったからこそ発生したものだ。

 

実は私はこの事件の記事を読むまでアウティングという言葉に馴染みがなかったが、これは性的指向*4を暴くことを意味する。しかし、この差別性は性的な事柄に限る必要はなく、一般化可能と思う。

 

例えば職場に在日コリアンであることを隠している人がいたとする。その職場には在日コリアンに対して差別的な会話が交わされることがあり、それゆえ合理的な態度として隠していた。あるときそのことを知った誰かがそれを暴いた場合、これはもちろんプライバシー侵害なわけだけど、差別的な行為としても非難されうると思う。それほど差別的な状況にあるわけではない別の民族に置き換えて比較してみれば、単なるプライバシー侵害と差別的行為との差異がはっきりすると思う。

 

一方で、「ゲイであることを黙っていてくれ」と秘密の共有を迫られることがストレスであることは分かる。裁判内の戦術としてそのような主張をするのは当然だし、本当にストレスだったということも、まあ分かる。

このようなストレス自体、差別があるからこそなんだが、差別がなければアウティングの被害も存在しない。なんともしがたい状況ではある。

ただ、追い詰められたとしてもアウティングが差別的行為だということに変わりはない。

 

 

NHK「ハートをつなごう」LGBT BOOK

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 私が唯一読んだLGBT関連の書籍。ネットでは自分なりに目を通してはいるけど、私はこれだけ読んで書いてるような人間なので、当然誤りはありうるのでご指摘いただければ幸いです。

*1:

macska dot org » 差別についての、ごく基本的な考え この記事にならえば、差別的行為となる。

*2:「見逃している」というのは善意に解釈するとしての話ね。

*3:何倍だったか忘れた。ググれ

*4:ないし性的嗜好