新型コロナウィルスの被害を受け、イギリスの状況は非常に厳しく、医療崩壊 寸前らしい。
一方で、日本でも医療崩壊 が発生するのではないかと言われたり、イギリスより感染者数は遥かに少ないのだから医療崩壊 の恐れはないと言われたりしている。
日本も危機に瀕しているのか?
医療崩壊 を防ぐためにはどうすればいいのか?何がボトルネック になっているのか?
分からないことだらけだ。素人だから当然だけど。
でもまあ、ググればわかることもあると思うので、色々とググって調べてみた。
日英の感染状況の比較
まず、コロナの感染者拡大状況について、基本的な数を日英間で比較してみたい。
BBC によると、イギリスでは現在、1日6万人前後の新規感染者、1日1000人以上の死者が出ており、入院中の患者は3万人を超える。*1
また、「Patients on ventilation」(人工呼吸器を使用する患者)が3千人超。*2
日本は感染が拡大しているとはいえ、新規感染者が7千人、死者は60人前後、入院または療養中が5万人、重症者が827人。*3
表にするとこんな感じか。
日本
イギリス
比率(日本÷イギリス)
1日の新規感染者数
7,000人くらい
60,000人くらい
11.7%くらい
1日の死者数
60人くらい
1,000人くらい
6%くらい
重症者
800人くらい
3000人くらい
26.7%くらい
ちなみに、重症者の定義は日本とイギリスで違うっぽい。日本の重症者はICU で治療、人工呼吸器を使用、ECMO使用のいずれか*4 だが、イギリスは「Patients on ventilation」(人工呼吸器を使用する患者)の数で、多分ICU 治療のみの患者は含まれない。イギリスの数にECMOが含まれるかどうかはよく分からない。
ICU に入っているけど人工呼吸器は使っていない、というような人はどれくらいいるんだろうか。実は東京都の重症者の定義は国のものと違ってICU の利用は含まれていない。この定義の差分から、ICU 利用を除いた人数は、両方を含めるものを比べて20%程度になると推測できる。*5
重症者800人と言いつつ、人工呼吸器・ECMO利用のみだと160人程度になりそう。
重症者はちょっと比較が難しいけど、日本の被害はイギリスと比較して数%〜10数%程度の範囲内に収まっているような状況だ。
VIDEO www.youtube.com
上の動画では、BBC がイギリスの状況について報じている。5分くらいから、交通事故、心筋梗塞 、脳梗塞 など、コロナ以外の患者のICU への受け入れができなくなる懸念について話している。
コロナ患者の重症者は、ICU の滞在日数が長期間(1ヶ月程度とのこと)に渡る傾向にあり、問題視されている。*6
ICU がコロナ患者で埋まってしまうと、コロナが無ければ治療できていたはずの患者を断らねばならないケースが出て来そうだ。
現状日本では、必要な病床が確保されず逼迫している点、また、コロナ患者を受け入れる病院に負担が集中している点が問題になっている。
*7
はてなブックマーク では、医療崩壊 について下の記事が話題になっていた。
anond.hatelabo.jp
匿名の記事だけど、以下のように述べられてて、だとすると重症者じゃない軽中等症の患者についても受け入れが進まない理由は、結局のところ重症患者を治療する体制が不十分であることなのかもしれない。
軽中等症だけみて重症になったら大病院に送れば良いんだけど、大病院のコロナ診療が崩壊している首都圏で重症になってもすぐにとってくれない可能性が高い。
治療もできない・送り先もない重症患者なんか診たい病院はない(私も嫌だ)。
ここで、ICU に関する各種データを確認したい。
日本のデータだが、ICU の在室日数は3日以内が7割との調査がある。*8
また、国立国際医療研究センター病院 の事例だが、ICU 利用のうち約半数が1日以内、平均3.5日の滞在との報告がある。*9
ICU 、HCUそれぞれについての病床利用率を調べた調査があるが、いずれもおよそ7割程度だった。*10
国立国際医療研究センター病院 の事例では、ICU の病床利用率が8〜9割程度であり、病院によってバラ付きがあるように思われる。*11
ICU に限っていえば、日本のICU 病床数は人口10万人あたり4.3で欧米諸国と比較して少ない。ただし、HCUも含めた病床数は人口10万人あたり13.5となり、欧米諸国並の病床数となる。*12
厚生労働省 <公表版>ICU 国際比較(改)
ICU等の病床に関する国際比較について 厚生労働省 作成 表から、イギリスはむしろICU 病床が少ないことがわかる。
人口比でなく、絶対数としては、ICU が7109、HCUが10268となっている。(平成29年=2017年のデータ)*13
日本でICU (HCUを含む)を利用する患者の数は年間どの程度だろうか。そのようなデータは見つからなかったので、ここまでのデータから、いくつか仮定を置きつつ計算すると、100万人程度となった。仮にコロナの患者で日本全国の全てのICU (HCUを含む)が埋まってしまった場合、年間およそ100万人に重大な影響が出ることになる。*14
人口10万人あたり13.5あるICU 病床(HCUを含む)が全てコロナ患者で埋まることは、現実的には考え難い。
*15
しかし、通常通りの診療ができなくなってしまった場合、その影響は相当に大きいものと予想できる。
コロナ重症者および重症者用病床数との比較
12月11日時点の数になるが、全国で確保された重症者用の病床数は3,565である。*16
これはICU ・HCUの病床数17,377の20.5%にあたる。
コロナ重症患者数はおよそ800人(12/11時点)であるが、これは、コロナ用に確保されていないものを含む全国のICU ・HCU病床の4.6%にあたる。
実際には、コロナ用に新たに増設した病床があり、分母であるICU ・HCU病床数はもっと多いと思われる。また、前述の重症者の定義から、必ずしもICU を利用するとは限らない。(正直、医療に詳しいわけじゃないので分からないんだけど、人工呼吸器やECMOを使っているけどICU は利用しない、ということってあるのかな)
感染が拡大している東京都について言えば、およそ2,000のICU ・HCUの病床があり、そのうち500がコロナ用に確保されている。実に4分の1がコロナ用に使われている、という計算になる。
重症者は275人(12/11時点)であるから、都内のICU ・HCU病床の13.8%がコロナ患者で埋まっているということになる。
ICU ・HCUの利用率が平均して7割程度であることを考えると、仮に重症者が倍増すると、都内のICU ・HCU病床の利用率は97.6%ということになる。
現状でも83.8%となり、あまり余裕はないように思われる。
7割という平時の病床利用率はあくまで平均であり、実際には病院や時期によってばらつきがあることを考えると、相当に厳しい状況ではなかろうか。
全国で均せばまだ余裕がありそうだけど、都内に限って言うと、それなりに厳しい状況みたい。
他県への転院が必要になりそう。*17
日英の医療体制の違い
日本では8割の病院が民間(医療法人等)で運営されており、公立病院の割合が少ないが、これに対してイギリスは病院の大半が公立である。
以下の表は厚生労働省 資料「<資料編:諸外国における医療提供体制について>」より抜粋した。*18
医療提供者の所有形態の国際比較 厚生労働省 資料
イギリスは、厳しい状況ながら、要員や施設をコロナ対策用にコンバートすることで乗り切っているようだ。*19
日本では、公立の大きな病院ではコロナ患者を受け入れられるが、民間の病院では受け入れできないという状況があるようだ。公立病院は都道 府県知事などから要請があれば、受け入れを進めざるを得ない。一方で、民間病院は経営上の判断で断ることができる。*20
その結果、「義侠心や使命感」で受け入れた一部の医療機関 に負担が集中してしまう。*21
一方でイギリスは大半が公立であることから、経営上の懸念を度外視したコロナ対応を進めることができた、という可能性はある。
人的リソース(医師・看護師)について
以下のように、施設や設備より、人的リソースがボトルネック であるという指摘がある。
www.igaku-shoin.co.jp
――厚労省 が後に示した見解によれば,特定集中治療室管理料のほかに,救命救急入院料とハイケアユニット(HCU)入院医療管理料を請求できる病床も合算すれば,ICU およびそれに準じた機能を持つ病床として最大1万7000床になります5)。人口10万人当たりのICU 等病床数としては13.5床となり,欧州並みの水準です。
西田 国によってICU ベッドの機能が異なるので一概には言えませんが,そのような算出も可能でしょう。ただ,「ハコ」に見合うだけの「ヒト」は足りていません。これは厚労省 の見解とも一致するところですが,重症患者に十分な医療を提供するには人員配置の強化が大前提なのです。
――集中治療のキャパシティの議論になるとハコやモノの議論になりがちですが,ボトルネック になるのはヒトなのですね。
西田 ハコ・モノ・ヒトのうち,ヒトが最大の問題であることは間違いありません。集中治療には,手厚いマンパワー が不可欠なのです。
diamond.jp
図表の中にある「集中治療専門医数」に注目すると、「1」という数字が目立つ。その数は15施設であり、割合としては37%。つまり、都内の集中治療専門医がいる病院の4割弱は、「専門医1人の単独体制」なのである。
しかし、新型コロナのような感染症 の場合、仮にECMO(体外式膜型人工肺)が必要な重症患者が運び込まれてきた場合、24時間365日、ECMOを扱える医師が必ずベッドサイドに1人は必要になる。コロナ重症患者を受け入れる病院にとって、たった1人の集中治療専門医では、十分な受け入れ体制とは言い難い。不測の緊急事態に備え、少なくとも2人以上の集中治療専門医の配置は必要だろう。
そもそも日本は医療の人的リソースが豊富にあるわけじゃない。
病床の数は諸外国と比較して突出して多いものの、医師数はそれほど多くない。*22
下図では、人口あたりの医師数・看護師数はそれほど少なくはないものの、病床数あたりの医師数は非常に少ないことがわかる。*23
人口1000人当たりの臨床医師数、看護職員数、病床100床当たりの臨床医師数の国際比較 平成28年 版厚生労働白書(厚生労働省 ) また、日本は他国と比較し、一人当たりの受診回数が多く、在院日数も長い傾向にある。*24
ニッセイ基礎研究所 資料より抜粋このことから、それぞれの医師・看護師の負担は、人口あたりの医師数・看護師数から読み取れる以上に大きいものと思われる。
このような状況(医療の人的リソースの不足や、受診回数や在院日数から見られる医療の非効率)は、すぐに改善できるようなものではなさそうだ。
「コロナの第一波が収束してからの半年間、政府は一体何をやっていたのか!」という批判はよく見られる(私もそういうブコメ を何度かした)が、少なくとも重症者の治療について言えば、そう簡単な問題ではなさそうだ。*25
じゃあどうするか
医療品質の低下は覚悟の上で、次善策を検討していくしかないのかもしれない。
先述の医学書院の西田修氏へのインタビュー では、以下のやりとりがある。
――しかし集中治療の専門職を育成するには時間が掛かります。COVID-19の第2波に際して,当面のマンパワー をどう確保すればよいのでしょう?
西田 通常診療の規模を一時的に縮小し,ICU で勤務していない医師と医療スタッフを動員する他ありません。例えば予定手術の件数を減らせば,手術室看護師や麻酔科医,外科医の手が空き,ICU を支援することができます。ICU が満床となった場合には,手術室をICU として活用する手もあるでしょう。
通常の医療からコンバートして持ってくる、という(イギリスでもやられていた)対策だ。
ただし、イギリスと違って民間病院が多い日本ならではのハードルがある。
先に、はてな匿名ダイアリーの医師によるものとされる記事 に、重症になった場合の送り先が逼迫している状況では、軽症・中等症の患者も受け入れたくないだろう、との意見があると紹介した。
これは民間病院のモチベーションとして真実味のありそうな意見だ。
一方で、東洋経済のインタビュー記事 では、軽症・中等症の患者の受け入れが進めば、重症者を減らすことができるとの回答がある。
――重症患者を診る集中治療の専門医の数は限られています。マンパワー 不足で患者を受け入れられない病院もありえます。
たしかに、重症患者の対応は専門医が不足していれば難しい。しかし、ポイントは軽症と中等症の患者だと思う。
重症患者ばかりが注目されるが、中等症の患者をきちんと病院に収容できていれば、重症者を減らせる。そうすれば、医療につながる前に亡くなってしまうケースもなくなるはず。軽症から中等症患者の受け入れは、設備や専門医のいない機関でも可能なはずだが、そうなっていない。
中小の民間病院にとっては、重症者の病床が逼迫しているから、軽症・中等症患者の受け入れもしたくない。
しかし、軽症・中等症患者が受け入れられないから、重症者が余計に増えてしまう。
デッドロック のような状況が形成されてしまっている可能性がある。
この点は制度的に解決できる可能性がありそうに思う。
結局、何がわかった?
簡単にまとめてみると、
日本はイギリスと比べて、ざっくり1/10程度の被害
イギリスはコロナ向けに医療リソースをかなりコンバートした。それでも感染拡大が急速すぎて追いつかず、医療崩壊 寸前。コロナ以外の病気にも影響が出ていて、何かの病気で入院してもICU が使えなくなってしまいそうな状況。
日本はコロナ感染者の病床が足りない。症状が悪化してても、病院側が受け入れを断らざるを得ない状況。
東京都はICU の余裕がなくなってきている
医療リソース、特に人的リソースが不足している。
そもそも日本はコロナに限らず、医療の人的リソースは不足気味。
根本的な解決には時間がかかり、今回のコロナウィルス拡大に対応するのは難しい。
コロナに向けた医療リソースの再配置があまりうまくいっていない可能性がある。
その一因として、日本の病院は民間病院が多い点が挙げられる。一方、イギリスは病院がほとんど公立。
「重症者を受け入れられる病院が減っているために、中小規模の病院での軽症・中等症患者の受け入れが進まない。さらに、軽症・中等症患者が病院で診療できないために、病状が悪化して重症者になってしまう」という悪循環が発生している可能性がある。
「命を優先するためには、場合によっては平時と同じような医療サービスは受けられなくなる」という可能性はあると思うけど、偉い人たちはどう考えてるんだろうか。
それが現実なのであれば、国民に説明した上で政治的に決めていくしかないと思うんだけど。
ま。素人意見なので、話半分に聞いて欲しいけど。