回心誌

日々是回心

AV出演と労働者派遣法

bylines.news.yahoo.co.jp

この件、自分なりに調べてみた。

寄せられた被害は(仮に訴えに多少の誇張があったとしても)重大な人権侵害で、早急な対応が必要なのは間違いない。

基本的にはヒューマン・ライツ・ナウ(HRN)の勧告に賛同するが、気になることもある。
また、HRNと元AV女優の川奈まり子氏とで見解の相違が見られる。

この辺りについて自分なりに調べたことと合わせてまとめてみた。

「有害業務」とは「公衆道徳上有害な業務」のことである

以下、川奈まり子氏の主張を引用する。

AV業界の人にとって、フェアじゃない内容だと思いました。いちばん大きな問題点は、すべてのAV出演について、職業安定法と労働者派遣法上の「有害危険業務」であるかのような印象操作がされていることです。

たしかに、AV出演が問題になった事件があり、裁判所がその当事者の個別ケースについて、職業安定法・労働者派遣法上の「有害危険業務」にあたると判断したケースはあります。

でも、すべてのAV出演が「有害危険業務」というわけではありません。それにもかかわらず、報告書は「AV出演は合法ではない」と、誤った印象を与える記述になっています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160403-00004489-bengocom-soci

まず、職業安定法と労働者派遣法に「有害危険業務」という用語は使われていない*1
私も素人ではっきりとは言えないが、どうも労働基準法労働安全衛生法の「危険有害業務」と混同しているんじゃないだろうか。

「危険有害業務」は建設現場の重労働や高温寒冷といった特殊な環境での業務をさし、年齢や資格の制限がある*2。一方、HRN調査報告書でしばしば言及されている職業安定法・労働者派遣法の「有害業務」は、それぞれ63条の2項、58条の「公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務」をさしている。

職業安定法
第六十三条  次の各号のいずれかに該当する者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
一  暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者
二  公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者

労働者派遣法
第五十八条  公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をした者は、一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。

調査報告書と前述伊藤和子の記事によれば、AV出演が「公衆道徳条有害な業務」にあたることは、判例の積み重ねによって確立した解釈であるとのことである。

例えば、判例集に搭載された代表的判例である、平成6年3月7日東京地裁判決(判例時報1530号、144頁)は、
"派遣労働者である女優は、アダルトビデオ映画の出演女優として、あてがわれた男優を相手に、被写体として性交あるいは口淫等の性戯の場面を演じ、その場面が撮影されるのを業務内容とするものある。右業務が、「公衆道徳上有害な業務」にあたることに疑いの余地はない。"

としています。この判断を否定する、AVの勧誘・派遣に関する無罪事例も確認できませんでした。

この点については異論も見つかった*3が、ウェブで参照できる論文の形では明確な反対意見は見つからなかった。「AV出演の強要」は明らかに「公衆道徳上有害」と言えるが、AV出演自体を「公衆道徳上有害」とするのことには疑問が残る。とはいえ、私自身は判例を読み込んだわけでもなく、法律については素人なので、一旦は伊藤氏と同じ立場をとる。

AV出演と雇用契約・派遣契約

さて、AV出演が職安法・派遣法上の「公衆道徳上有害な業務」だとすると、確かにプロダクションから制作現場に女優を派遣することができなくなる。川奈まり子氏もAV産業自体が違法化するかのように発言しているが、この点を憂慮しているのだろうか。

実は現状の契約形態を続ける限り、ほとんど不都合はない。というのも、AV業界(芸能業界全般も含む?)の慣行として、たとえ実態が雇用、派遣であったとしても、そのような契約を結んでおらず、職業安定法や労働者派遣法が十分に適用されてもいないからだ。

もし派遣契約を結ぶとすれば(というか、実態が派遣であるなら本来結ぶ必要があるのだが)、女優を発掘したプロダクションは労働者派遣法の適用を受けることになり、厚労省への届出または許可が必要となる。
しかし、実際には雇用契約も派遣契約も結んでいない。その理由はおそらく芸能プロダクション全般が労働契約を結ばないためと思われるが、HRN調査報告書は「公衆道徳上有害な業務」の罰則を脱法的に回避するためではないかとしている。

このことはHRN調査報告書において度々指摘されているが、川奈まり子自身もAV女優のほとんどが「個人事業主」であることを認めており、業界の慣行として雇用・派遣契約を結ぶことはほとんどないようだ。

本来は実態と合わせて雇用・派遣契約を結ぶのが筋であるとは思う。
この辺りの契約の実態について川奈まり子氏は当然よく知っているはずだが、前述の記事では労働者派遣法が適用されているかのように話している。単なる誤解なのだろうか。

ありうる結論

契約がどうあるべきかについて、川奈まり子氏がどう思っているのか私が読んだ記事から明確に読み取ることはできなかったが、以下に引用するように女優が個人事業主扱いされているために起きる問題を指摘しているため、否定的なスタンスであると考えられる。

そもそも、女優はプロダクションとマネジメント業務委託契約を結んでいる個人事業主というあつかいです。だから基本的に、ケガをしたり、病気をうつされた場合、自分で治療費を支払わないといけません。プロダクションも「自己管理してください」という態度です。

良心的なプロダクションの場合、病気の治療費を出したり、撮影現場でケガや性病感染などのトラブルがあったときには、制作サイドに治療費を請求してくれたり、時には弁護士を紹介してくれたりということもあります。でも、そこまで女優の面倒をみてくれないところも少なくありません。

一方でHRN側は、脱法的な契約形態を明確に否定し、実態に合わせて職業安定法か労働者派遣法を適用するべきだとしている。

さて、実態に合わせて雇用契約・派遣契約を結ぶ方向で考える場合、現行法下では「AV出演そのものが有害業務にあたるのかどうか」が問題になる。もし有害業務であるなら、罰則が適用されるため派遣契約を結ぶことはできないからだ。

この点HRNは、実態に合わせた法適用を提言しながらも伊藤和子の前述記事では以下のように述べている。

私たちの提言書でも、諾否の自由もなく、撮影現場に派遣される、言われるがまま撮影に応じるほかない、という慣行そのものを改めるように求めていますが、プロダクションやメーカーと対等な立場で交渉し、真に独立したアーティストとして尊重されるような実態があれば、「労働者」のカテゴリーにあてはまらないことになるでしょう。そうなれば派遣法等の適用はないはずです。
さらにいえば、「労働者」に該当する事例でも、勧誘行為をせずに、希望者だけを面接して採用すれば職安法には抵触しないことになるでしょう。また、制作会社等が直雇にすれば、派遣法の適用もありません。

つまり、AV出演それ自体が派遣法の罰則対象になるという解釈に立ちつつ、実態に合わせて派遣法を適用せよと言っている。これはいささか無責任ではないだろうか。

もちろん女優に出演依頼する際にプロダクションを通さず制作会社が直接雇用すれば派遣法の適用はないが、これは業界に対して相当大きな変更を要求することになる。
最悪の場合、制作現場が地下化・非合法し、かえって女優に被害が及ぶのではないかと危惧する。

あくまで法解釈の問題に過ぎないが、「AV出演そのものは公衆道徳上有害とは言えない(強制は有害)」とすれば、ひとまず現状を維持したまま派遣法を適用することができ、多方面に都合が良いのではないだろうか。

ただし、解釈の問題ではあるが、結局のところ伊藤和子氏の言うように判決上解釈が確立しているのであれば、法律自体を変更するか特別法を作ってしまうのが筋ではなかろうか。

というわけで、ありうる結論は以下のように分類できる。

伊藤和子氏が指摘するように、現行法ではAV出演それ自体が「公衆道徳上有害な業務」にあたる場合:

  1. 法律を改正し、AV出演それ自体は派遣法上問題ないものにする(←私の立場)
  2. 法律は改正せず、制作が直接雇用するか、実態として個人事業主である場合しか認めない。または公衆道徳上有害と認められないレベルまで表現の度合いを制限する(←HRN・PAPSの立場)

AV出演それ自体は「公衆道徳上有害な業務」にあたらないと解釈される場合:
問題なく派遣法等を適用できる(←川奈まり子氏の立場?)。ただし、最終的には裁判所が判断すること。川奈まり子氏にせよ私にせよ、法解釈については素人。

補足

以下は伊藤和子氏の記事や調査報告書で既に述べられていることだが、これだけは言っておきたいので。

AV女優らから「そんなの聞いたことない」といった発言も見られたが、素朴な感覚としては正しくても、トップ女優がすべての現場を知るわけがないので、調査報告書への反論には全くなっていない*4

また、川奈まり子氏は「撮影にあたって、普通、強要は考えられ」ないことをもって、調査報告書を「危険な決めつけ」としていたが、むしろその見方こそバイアスがかかっているように見える。調査報告書はAVそれ自体が危険であると断じているようには読み取れなかった。

調査報告書では市場規模も被害の認知件数も明示している。これは川奈まり子氏も言っていることだが*5、被害があくまで一部であるとしても、人権侵害としてやはり重大であると言わざるを得ない。

優良な企業では個別に工夫し強要が起こらないようにしているのだろうが、万が一にもあってはならない強要を防ぐための方策は十分と言えるだろうか。
インディーズや海外サーバを経由した流通など、多様な制作・流通形態があるのに、業界団体の規制で十分と言えるだろうか。
また、被害者の多くが社会経験の浅い若い女性であるが、被害があった場合に救済するルートが十分に確立されているのだろうか。

これまでAV業界側から出された意見を見ても、やはり疑問が残る。

補足2:タレントの労働者性について

タレントが労働者に該当するかどうかについて議論があるが、いわゆる光GENJI通達というものがあり、労働者性についてお上から一定の指針が出されている。

  1. 当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっていること。
  2. 当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。
  3. リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあってもプロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。
  4. 契約形態が雇用契約ではないこと。

 要は、(1)秀でた芸を持ち、(2)その芸で報酬が決められ、(3)(4)プロダクションから拘束を受けないこと、を満たせば労働者とはならない。つまり、労働基準法の制約を受けずに子役は芸能活動(出演)ができるということです。
光GENJI通達で思い出す子役芸能人と労働基準法の関係 | 節約社長

ただ、それが認められるのは光GENJIクラスであって、売り出し中のタレントはそれに当たらないのだとか。
売り出し中の中学生タレントを深夜番組に出演させていたところ放送関係者が書類送検となった事例がある。

○野寺政府参考人 昨年十二月、御指摘のホリプロの所属タレントが大阪毎日放送に出て深夜放送に出演したという件でございますけれども、これにつきましては、先ほど申しましたように、個々のタレントの契約の実態、内容、所得の課税の状況等々勘案いたしまして、労働者に該当するかという形で判断をするわけでございます。
 この場合には、いわば売り出し中といいますか、タレントもかなり名前が通って所得がふえてまいるような状況の方と、まだそこまで至っていないような状況の方がいらっしゃいますけれども、この場合は余り売り出しがまだできていないような方であったかと思います。したがいまして、労働基準法上の問題に抵触する可能性がございましたので、その観点から必要な指導を行い、的確にその是正が図られるように努めてまいっております。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/007314720000413005.htm

芸能と労働について記述した法学者の記事(PDF)があるが、やはり業務委任とできるかどうかを一律に決めることは難しく、微妙な問題が残るようだ。
当該記事では特別法での規制が望ましいとしながらも、次善策としてひとまずは労働法による保護を提案している。

なるほど,出演先によって出演条件が一方的に決定されるとともに,実演内容についても具体的な指示命令を受け,その対価として 出演料が支払われているような芸能実演家の場合 には,労働者性が肯定されるべきであるし,その 反面一握りのスターのように出演先を自由に決定 でき,出演条件についても出演先と対等に交渉して巨額の報酬を得ているような場合には否定されるべきであろう。 しかし,これらの中間領域に属する 出演先と出演条件等について対等に交渉できないが,実演行為については出演先の具体的指示を受けず本人の自由な裁量にまかされているような芸能実演家の場合には,出演先との交 渉力の対等性がない限りではなんらかの法的規制が必要であるとしても,必ずしも使用者の使用従属下にある通常の労働者と同一の労働法上の保護が与えられるべきとはいえない。とはいえ,こうした芸能実演家については,労働法とは別個にその職業特性に応じた特別法による規制が最も望ま しいものの,そうした立法の実現が当分期待できないとするならば, やはり何らかの形で労働法上の保護の網をかぶせる必要がある。

これについては私も賛成で、AVについても基本的には同じように考えることができそうだ。
そうはいってもしかし、明るいイメージで語られることが多くなったAVの仕事だが、やはりまだスティグマ化しやすい側面はある。親や友人に相談しにくいというこの業界特有も問題もありそうだし、やはり重大な人権侵害に結びつきやすい。

早急に対策する必要があるのではないだろうか。



*1:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO141.html http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S60/S60HO088.html

*2:危険有害業務とは - コトバンク

*3:AVは「公衆道徳上有害な業務」?出演者の募集は処罰の対象? - 弁護士ドットコム 労働

*4:もちろん我々のようなほとんど接点のない一般人と比べれば詳しいだろうが……

*5:「少なければいいという話ではありません。1人でも被害にあったらいけないことです。」前述記事