回心誌

世の中わがんね

アントニオ猪木の指摘、拉致問題が解決したら我々は幸せになれるのか?

北朝鮮拉致問題に関して。


アントニオ猪木@日本外国特派員協会 2013-8-5 フルバージョン - YouTube

もちろん、解決すれば被害者家族たちは幸せになれる。しかし、どんな犠牲を払ってでも解決するべき問題だとは、多分どの政治家も考えていないし、国民の多くもそうだろう。猪木はそのことを確認した上で、友好関係の前向きな維持もしくは改善を前提とすべきで、そのほうが現実的には解決に近いと提案したいのだろう。

日本側の精度の問題について、

「日本の拉致(被害者)名簿の中にある、何百人か分かりませんが、数字がどんどん変わっていた中で、日本の中で死んでいる人もいる。そういうような拉致名簿を(北朝鮮側に)提出して解決しようとしても、これは向こう側からした時に『そんないい加減なこと言ってくるなよ』(となる)」

ということだが、これについては確かに日本語側にも非がある。例えば、日本の行った横田めぐみさんの鑑定結果が政治的な思惑によって歪められているとしてNatureが批判している*1

言うまでもなく、被害者への同情を忘れてはならない。同時に、このことを政治的に利用しようとする者がいることも仕方ないと思う。この問題で騒いでいるのは右寄りの人たちが多いだろう。これは偏見かもしれないが、彼らは元来、弱者救済には興味が無いだろう。これだけ世の中に不条理がありながらそうしたことに声を上げず、なぜ拉致問題については声を上げるのか。そういう政治的な思惑がこの問題にはある。しかし、一方で心から解決を望むのであれば、それすらもタフに利用していただきたい。

個人的には猪木に対して胡散臭く思っているが*2、全く期待していないわけでもない。猪木はそれほどおかしいことは言っていないと思うが、北朝鮮憎しの空気に水を差されたからとギャーギャーと喚くのはアホらしい。

「どんな犠牲を払ってでも解決すべき」問題など、なかなか存在しないものだ。自由や人権はどんな犠牲を払ってでも守るべきものかもしれないが、そうであっても他の自由や人権と衝突した場合にはどちらかが道を譲ることになる。例えば左翼は弱者の救済を訴えるが、それも可能な範囲でやっていくしかないのだ。