【「ダメ」の嘆き】
あんなに勉強して良い大学に入ったのだ。
これからは、良い会社に入って、人生の成功者だ!
そのはずが、なぜ私はこんなにダメなんだろう……。
コミュ力がないから仕事はちっともうまくいかないし、なんかもうダメだ……。
そう感じている「ダメな高学歴」は結構多いのではないかと思う。
つい先日にも立派な学歴なのに人生に満足できない増田の嘆きが話題となり、多くのコメントがついた。
拙者は一生懸命勉強をして京大に入学し卒業したが 30過ぎたのに非正規の職..
思うに勉強なんかよりコミュ力の方が大切でござる
学生は頑張ってセックスしまくるでござる
勉強ばっかりしてると拙者の様になるでござるよ
かくいう私もなんとか就職はできたが、やはりコミュ力には自信がなく、仕事でもオロオロし通しだ。
この学歴社会において学力は確かに大切だが、どうもそれだけで成功できるわけではなさそうだ。
では、大事なのはコミュ力なのか? いや、他にもっと重要なスキルがあるのかだろうか?
そのヒントになる研究を紹介したい。
【鉄は熱いうちに打て!】
『幼児教育の経済学』の著者ヘックマンは、就学前児童を対象とした教育プロジェクトの成果を分析し、幼児期の教育、それも社会的能力や我慢強さなど非認知能力を重視した教育が、最も効果的であると結論付けた。
- 作者: ジェームズ・J・ヘックマン,古草秀子
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2015/06/19
- メディア: 単行本
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順を追って説明しよう。
貧困層の黒人児童を対象とした教育プロジェクト「ペリー就学前プロジェクト」がアメリカで実施された。対象となった3歳〜4歳児童は、自発性や協調性を重視する質の高い教育を受けた。その内容は、自分で遊びを考えて集団で共有するといったもので、認知能力(いわゆるお勉強)でなく、非認知能力(コミュ力や我慢強さ)に重点が置かれた。
比較のため、同じく貧困層で育った別の児童たちとともに、40年に渡って追跡調査が行われた。その結果、教育プロジェクトを受けた児童たちは、受けなかった児童に比べ、学歴、逮捕歴、離婚率、生活保護の受給率など、あらゆる面で成功していた。
ヘックマンによれば、こうした非認知能力に焦点を当てた幼児教育プログラムの成果は、思春期以降の教育、認知能力を身につけさせる教育に比べ、費用対効果が大きいという。そもそもやる気がなければどんな教育も無意味だが、そのやる気自体は幼児期に身につけさせるのが最も簡単だ、というわけ。
これはやはり衝撃的な研究成果ではないだろうか。私も、やる気とか我慢強さ、コミュ力いったものは、なんとなく生まれつきのものだとか考えていた。この研究は遺伝的な側面を否定するものではないが、幼児期の環境が少なくない影響を与えていることを示している。
また、頭の良さ(=勉強の出来・認知能力)が人生を左右すると考えがちだが、実際には我慢強さや協調性といった非認知能力が重要だと指摘している。確かに、自制心があれば何事にも粘り強く取り組み成功を収めることができる。学問だけでなく仕事やスポーツなどにも有利だ。社会性・協調性・コミュ力といったものが良い人生を送る上で重要なのは、誰しも感じていることだろう。
日本では塾にさえ通っていれば、協調性はともかく勉強はある程度できるようになる。もちろんその中で身につく非認知能力は少なくないだろうが、認知能力に特化させるドーピングのようなものではないか。つまり、社会に出て実際に必要となる非認知能力が身につかないまま認知能力が育ち、学歴ばかりが高くなってしまうというわけ。
【良い子=我慢の子!】
もう一つ、別の研究を紹介する。
- 作者: ウォルター・ミシェル,柴田裕之
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/05/22
- メディア: 単行本
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『マシュマロ・テスト』の著者、心理学者のウォルター・ミシェルは、「マシュマロ・テスト」と呼ばれる自制心についての実験を開発したことで知られる。
マシュマロ・テストのルールは簡単だ。机の上に置かれたマシュマロを、食べずに一定時間我慢することができれば、ご褒美としてマシュマロをもう1個プレゼントされるというもの。
マシュマロ・テスト(marshmallow test)でググると、このような動画がいくつもヒットする。好物のマシュマロを前にして、なんとも微笑ましくなるような苦闘が繰り広げられる。www.youtube.com
ちなみに、マシュマロ・テストと呼ばれているが、名づけたのは筆者ではなく、実験の前にチョコやキャンディーなど数種類のお菓子から被験者の好物を選ぶことができるので、マシュマロが嫌いな子でも参加できる。
さて、ミシェルは追跡調査を行い、自制心のあった子どもたちは、その後の人生における学力、対人関係、ストレス耐性などあらゆる面で秀でていることを明らかにした。非認知能力の重要性を指摘している点でヘックマンのものと共通しているが、ミシェルは自制心が核であると主張している。つまり、自制心があれば社会的スキルを身につけるにも有利だということだ。
また、本書では、幼児期の自制能力がその後の人生の成功に相関することを示しつつ、そうした能力は大人になってからも身につけることができるとしている。
その鍵になる自制のメカニズムを、本書では情動的な「ホット・システム」と理性的な「クール・システム」の対比で解説している。我々は誘惑に駆られる時、ホットなシステムが作動する。それに対してクールなシステムをうまく作動させれば、見事誘惑に打ち勝つことができるのだという。
そのための戦略として、事前に「誘惑にかられそうになったらどうする」という「イフ・ゼン」ルールを決ておく、という方法を提案している。確かに、心理的な葛藤を緩和できるような気がする。実際にやってみるとなかなか難しいが、一つのヒントになりそうだ。
では、幼児期から自制心のある子を育てるために必要なポイントは何だろうか。それについて、以下のように述べられている。
幼児を過剰にコントロールする親は、子どもが自制のスキルを発達させるのを妨げる危険を冒しているのであり、一方、問題解決を試みる際の自主性を支え、奨励する親は、子どもが保育園から帰ってきて、どうやってマシュマロを二個手に入れたかを嬉々として聞かせてくれる可能性を、おそらく最大化しているのだろう
つい先日のNHK「ウワサの保護者会」の放送で、子供に逐一働きかけてを親の思い通りにさせようとする「過干渉」について取り上げられていた*1。遅刻しそうになると着替えを手伝ったり、宿題の時間を細かく決めてお膳立てしたり……。番組内では、子供が自ら考える力が育たなくなってしまうとして戒めていたが、その悪影響の大きさは『マシュマロ・テスト』からも分かる。
こうした過干渉は「遅刻せず」「宿題をきちんとやってくる」子を育てるので、学校の成績は良くなるのかもしれないが、その結果として、学歴は良いのに自制能力の無いダメな大人が育ってしまうのではないだろうか。
番組アンケートでは、保護者341人のうち54%が、自分は過干渉であると答えている。単に親個人の問題ではなく、大らかに子供を育てるのが難しい世の中なのかもしれない。
【最後に】
冒頭紹介したこの嘆きをもう一度見てみよう。
拙者は一生懸命勉強をして京大に入学し卒業したが 30過ぎたのに非正規の職..
思うに勉強なんかよりコミュ力の方が大切でござる
学生は頑張ってセックスしまくるでござる
勉強ばっかりしてると拙者の様になるでござるよ
長々と紹介してきた研究の成果によると、この嘆きへの答えはこうなる。
- 勉強(認知能力)より、コミュ力や自制能力といった非認知能力が大切
- 特に自制能力は、あらゆる能力の核になるため、非常に大切
- 学生になってからコミュ力を付けるのは難しく、幼児の頃から養うのが良い
- 勉強だけではやっぱりダメ
ヘックマンの言うように、大人になってから自分を変えるのは難しい。
しかしそうだとしても、これから生まれてくる子ども達を幸福にすることはできる。もしあなたが親なら子育ての参考に、そうでなくとも、教育行政について考える際に役立てて欲しい。
ウェブで見られる情報
ヘックマンの研究に関しては以下のように情報多数。
「5歳までのしつけや環境が、人生を決める」:日経ビジネスオンライン
幼児教育が人生に与える影響:研究結果 « WIRED.jp
「幼児教育」が人生を変える、これだけの証拠 | オリジナル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
*1:ウワサの保護者会|Eテレ NHKオンライン 会報23 過干渉 やめたいけれど…